【補強版】 1,急激な経済変動と雇用問題に悩む中小企業の社長さんが、経営改革の秘策を生み出す物語
2009年 11月 4日 水曜日これは、急激な経済変動により雇用の悩みを抱えた社長さんが、会社 ( 製造業 ) 経営を安定させるため、「 社員の雇用を確保 」 し、 個々の社員の 「 人生における不安を汲み取り = 生涯元気で暮らせる方法 」 を 社員と共に考え同時に、これまでの 「 経営の仕組み 」 を変えてゆく物語です。
「 田園地帯に立地する地方の製造業 」 が、ますます激化する一方の、経済のグローバル化を乗り越えるため、 「 社員が一丸となれる ・・イ・ン・セ・ン・テ・ィ・ブ・・ 」 を整えるために 最終的には、「 新たなる経営の部門 」 を導入する事に踏み切ります。
その事により、ますます加速する一方のグローバル化の嵐に適応できる競争力のある会社に変身する為に、各年代の社員が 「 健 康 」 で長生きできるように 「 高齢者雇用 」 までも見据え 「 社員の働き方 」 までも工夫する事により 、真に社員が活き活きと元気に働ける 「 インセンティブ 」 を整え 、「 社員と会社 」 の 「 絆 」 の構築を進め経営改革に取り組んでゆきます。
「 社員と会社 」 の 「 絆 」 の構築で、着目した点は、社員が抱えている 「 農業経営の問題 」 であります。
その問題の解決を契機として、各企業が抱えるグローバル化の経済変動に適応するため 「 製造業部門 」 と 「 農業支援部門 」 の 「 複合経営 」 により 「 会社経営の安定化を図る 」 と同時に、
社員と会社が抱えている 「 雇用問題 」 を解決し、 「 健康問題 」 さらには、 まもなく社会的問題となりつつある 「 高齢者の雇用問題 」 等、社員が抱えている様々な 「 不安 」 をも解決策の視野に入れ、さらに地域が抱える 「 定住・少子化・医療費等の問題 」 等 を、 同時に並行的に 見事に解決してゆく そ ・の ・過 ・程・ を 物語風にした 「 1つの提案 」 です。
1、経済変動に直面した社長の悩みとは・・・編。
福島県の 「 ある中小企業 ( 製造業 ) の社長さん 」 は、
急激な経済変動により親会社からの受注が落ち込み、
一時は雇用調整まで考え悩みました。
そのような経済危機の最中でも、経済のグローバル化は加速度的に進展しており、
今後も安定的に、会社経営を永続させて行くためには、
グローバル化を踏まえ、このような経済状況の中、自らの会社の経営をどの様に改革すれば良いのか?悩んでおります。
さらに 発展途上国の目覚ましいし成長を報道で知る度に
何時新たな経済変動が再度出現するかもしれないとの予測をし、その備えも迫られております。
このように経営環境が大きく変化し会社の経営に対するリスクが増大する中、
社長さんは、 「 自らの会社経営は? 」 「 社員の雇用は? 」 どうすれば良いのか ?
時間が経過するほどに、自分に大きくのしかかってくる圧迫感を感じながら悶々とした日々を送っています。
まだ、不安定ではありますが、幸い今回の経営危機は、
社長さんの会社では、受注の落ち込みは短期間で回復できる状況になりました。
当時を振り返ると、親会社からの受注が、あのまま減り続ければ、
操業停止に至る寸前まで追い込まれていました。
さらに、今後を見通した場合、
そこまで追い込まれる前に、
会社としては、勤務時間や操業日を短縮しなければならない状況は避けられません。
いずれにしても、経済のグローバル化が進展し、
発展途上国が目覚ましい経済成長を遂げる過程では、
何らかの要因により経済変動に見舞われ、
それが、今回のように自社の経営を大きく左右し、
再び雇用調整により、
社員に大きな迷惑をかける状況に追い込まれるかも知れないと、
社長さんは不安を感じ始めています。
振り返れば、今回の会社の経営危機は、
昨年中頃までは順調に経済が推移していましたので、
バブルの苦い経験を踏まえ、これまで慎重に構え控えてきた、
工場も増築し終え、社員も新たに雇用するなど
「 さぁ~、 これからだぁ~と 」、
心の底から元気を取り戻しつつあった時期の出来事でした。
「 経済危機に遭遇した場合、なんとか雇用調整を回避し、自社の社員の雇用を維持しながら経営を続けることが出来ないものか? 」
社長さんは地元で長年、会社を経営してきておりますから、
自社の社員の家の状況は手に取るように思い浮かべることができます。
男子社員では大半が兼業農家の息子、女性でも農家出身者がほとんどです。
彼等は毎朝 、 車で工場に通勤して来ます。
人によっては子供を保育園や学校などに送りながらの出勤風景が微笑ましく目に浮かびます。
その社員の家では、昔であればすでに隠居生活をしているような年齢のご両親が、
水田や畑を手入れし細々と農業での収入も確保しています。
現在会社に勤務している社員が子供の頃は、
両親の経営する農業収入で子供を育て上げる事が出来ました。
しかし、時代の変化とともに農業の収入だけでは、
将来の子育てまでの収入は得られないのではないかと、農業の趨勢に不安を抱き、
長男には近くの会社勤務を勤め自分は農業を続けて来た結果、
現在のような兼業農家になったものと、社長は自らの社員の家の状況を推察しておりました。
案の定、農業経営は米価格の下落に生産調整も重なり、
年を経る毎に収入を確保できなくなり、
今では両親は農業を営みながらの年金暮らしとなっております。
時代に合わせ水田を中心に規模拡大を進め、
農業で所得を上げている農家もありますが、
それらの農家でさえも園芸や畜産などを組み合わせた複合経営が、この地方では一般的となっております。
勿論、社長の会社に勤めている社員の兼業農家でも、
園芸 や 畜産などを導入しております。
モモ や ナシ などを経営に取り入れたり、
農家によっては、冬にはパイプハウス等を活用した 野菜づくりに励んでいる家もあります。
この様な経営をしている農家は農家の中でも、元気な兼業農家だと社長さんは感じておりました。
これらの兼業農家でも やや規模の大きな農家になると、
収穫時期には 息子夫婦が会社の出勤前や退社後に、
収穫作業を 手伝っているのが通例です。
やがてそう遠くない日に両親が年老いて 農業が出来なくなる事も容易に想像できます。
社長さんも 会社としては、社業に専念して欲しいと 、
これらの社員を疎ましく感じていた時期もありました。
会社に疲れてから出勤するのではなく、
気力、体力共に十分な状態で出社して欲しいと、
社長さんが若い時分は、社員に注意をした事もありました。
今では社長さんは、自ら見聞きしたものと、社員同士の会話から、
会社の周りにある農家の経営状況について理解は、深くなったと自認しています。
一般的に農業は、手厚く制度に守られているとは言いますが、
最近は制度だけに頼っているだけでは、経営は厳しくなる一方です。
さらにその制度が度々変更になり
制度の恩恵を受けている農家からさえ 「 猫の目農政 」 と言われるほど、
その度重なる制度の変更によって、農業経営が大きく左右されてしまう等、
近年の気象変動の激しさと併せ、
その経営の厳しさを、社長さんは肌で感じとれるようになっております。
したがって社長さんは、現在の兼業農家である自社の社員の経営規模では、「 農業機械等の大きな投資 」 は、 息子のボーナス等をあてにしないと 、 経営を継続出来ない状況にある事も熟知していました。
しかし、自社の社員の家庭の事情は理解していても、
このままでは、再度この様な経済情勢が出現すれば、
年齢の高い社員や働き盛りの社員に、
「 早期退職 」 や 「 中途退職 ( リストラ ) 」 を お願いするしかありません。
今回の経済危機を想定すれば、
彼等には、次の職場を探すことは至難の業であることは明白です。
そうなれば、「 農業が雇用の受け皿 」 とのかけ声が 、
マスコミから報道されますが、 「 経済危機 」 に遭遇する度に、
いつも 「 農業が雇用の受け皿 」 となる様な社会で、
本当に良いのだろうか? 社長さんは疑問を感じておりました。
例え 「 農業が雇用の受け皿 」 となったとしても、
経済の グローバル化がますます加速し、
「 減反施策 」 の 見直し等、「 農政改革 」 の 変革が進む中、
中山間地域の農家が、彼等の農業経営の規模で、
子育てまでの収入を確保するのは、
なかなか厳しいの ・で・は・な・い・か・と 社長さんは予測しておりました。
経済危機に遭遇した場合、会社としては 「 ワークシェアリング 」 も 選択肢の1つとなりますが、
今までの 「 給与を減額 」 す る 事となり、この導入にも、社長さん は 「 ためらい 」 も ありました。
その 「 ためらい 」 の 裏には、社長さんも高度経済成長期を含め、
これまで本当に夢中になって社員と共に自分は、会社経営で頑張ってきたとの自負心があります。
したがって、今回も何とかこの危機を乗り越えたいと強く願っております。
その強い思いで、これまで会社経営が幾多の荒波に揉まれた際に、
社員が一丸となり知恵を出し合い、
現場のカイゼンを進め乗り越えてきた自信がありました。
したがって今回も社員の知恵を結集し、
何とか乗り切る事が出来る ・の・で・は・な・い・か・ との予感もしています。
今日まで何とか会社を経営して来る事が出来たのは、
「 優秀な 社員の 『 知恵 と 汗 』 の結晶であり、お陰さま 」 という感謝の気持ちを、
社長さんは何時も抱いており、
その意識のために今回の経済危機に際しても、雇用調整をする事に、なかなか思い切る事が出来ないのでした。
したがって、今後も海外も含めた経済変動が押し寄せて来ないとも限らず、何とか経済変動に適応できる会社として、改革を進めなければならないと感じておりました。
一方、今日の社会情勢を展望した時には
「 定年延長 」 や 「 高齢者の継続雇用 」 など
高齢化社会へ向けた対応として、
企業への期待が高くなっている事も感じております。
地域に根ざした経営をしている会社としては、上記のこれらの地域が抱える課題を、今後どう解決してゆくべきかも真剣に検討しなければならないと感じています。
さらに、 「 雇用調整 」 と 「 生涯雇用 」 の 両方の矛盾した課題を、どう解決してゆくかも、社長としての悩みをさらに大きくしているのでした。
今回の会社の経営危機を乗り越えた、他社の事例では、
今回は雇用調整をして目の前の経営危機を乗り越えても、
その次にやってくる 「 生産増強 」 や
既に社員を 「 雇用調整 」 した事による社員の 会社への 「 不信感 」 は拭えず、
雇用不安から来る 「 マインドの低下 」 さらには 「 現場のカイゼン意欲の低下 」
雇用不安が 影響を及ぼすであろう 「 過疎化の進展 」
「 少子化の進展 」
「 地域経済の縮小・低迷 」
それらを解決する為に、地域社会から求められる 「 高齢者雇用 」 等の
乗り越えなければならない課題が目白押しなのでした。
それらを無視しては、 「 会社の永続的な発展 」 はあり得ない事は明白でした。
社長さんは、この様に百年に一度と言われる深刻な今回のような状況を打開するには、
「 今回の経済危機を契機として、全ての人々の意識が変化しつつある事 」 を踏まえ、
会社経営者も、今までの様な視点での 「 問題解決の考え方 」 ではなく、
「 新たな問題解決の方法 」 を 導入しなくてはならないのではないか?と感じております。
そのために、
今までのように社員と一丸となって取り組まなくては・・・と思うのでした。
その 「 社員一丸となった取り組み 」 が出来る会社こそが、
「 グローバル化 」 に適応できる会社として生き残る事が出来る時代が、
すぐそこまでやって来ていると予感しています。
社長さんはその 「 新たな問題解決の方法 」 となる、
「 新たな時代に向けた製造業の会社経営のあり方 」 を 模索するため、
自分の会社経営だけではなく、会社を支えてきてくれた社員が、
営んでいる 「 農業 」 を、会社としてどう捉えるかが、最初の課題であると認識していました。
地域の社長さん達の自主的学習会である 「 経済研究会 」 で他の会社の社長さん達の意見では、
国は農業基本法制定以来、
海外の農業に対応できる大規模経営体の育成に取り組んで来てはいても、
「 予想していたほどの成果は上がっていない 」 と の意見が大半でした。
ちなみに、その社長さん達の 「 経済研究会 」 のメンバーは、
以前から同じ地域で会社経営をしていた会社が、
「 農産地域工業導入事業 」 により、
新たに整備された工業団地に、従来の場所から工場を移転してきた会社の社長さん方がほとんどでした。
その社長さん方も その 「 新たに整備された工業団地 」 の、
周囲に広がってきている減反政策で荒れ果てた水田や
畑地などを目にする度に、
今回、自らの会社で、受注が激減した事と重なり、
彼等の農業経営での苦労が身に沁みて理解でき、
なんとか、水田等の農村環境も守らなければとの思いもこみ上げて来るのでした。
社長さんは、自社の経営改革に取り組んでいるにも関わらず、
「 経済研究会 」 の意見交換では 「 予想していたほどの成果は上がっていない 」 との発言が多く、
自らの経営改革を急がなければと感じていました。
このままの経営では、自社の社員の期待に十分応えることはできない。
「 どうすれば良いものか ? ・・ ん ・・ 」
今回の百年に一度と言われる経済の変動に直面し、
自らの会社の発展のために社員を雇用すると言うことは、
社員の人生を一緒に抱え込んでいる事と同じ事だと、
その責任の重さを、改めて噛みしめていたのでした。
これらの悩みは、会社の受注が毎年増えて業績が右肩上がりに、
伸びていた高度経済成長期には、
順調に給与も支払う事が出来たため考える必要もなかった事でした。
振り返ってみると、社員の人生を個別に描き、
自らの会社経営はどうあるべきかを考えたことは、
これまでには一度も、なかった事でした。
自分の会社もここまでは、多少の経済変動の波には幾度も遭遇しましたが、
ほぼ順調に右肩上がりで、会社経営を発展させる事ができました。
周りの会社が、 「 年齢を重ねる毎に給与が毎年上がるという仕組み 」 は、
当然の仕組みとして導入してきましたし、社長さんの会社でも実施する事ができました。
この 「 年齢を重ねる毎に給与が毎年上がるという仕組み 」 は、社員にとって 「 人生 」 を考える際に、非常に大切な要素でした。
今回の大きな経済変動に直面し、社員の人生を個別に描いたからこそ、
社員の人生と給与体系について考える事が出来、会社が持つ 「 責任の重さ 」 を改めて感じる事が出来ました。
いつしか社長は身近な社員から始まり、1人1人の社員の人生を思い描く事が多くなっておりました。
・・・その社長の回想は・・・ 平均的には以下のようなものでした ・・・
個別の人生を考えた場合、学校卒業後すぐに採用した社員は、
先輩の指導により見習い期間を経て、
一人前の業務をこなし会社の業績に貢献してくれるようになる。
彼等は成人となり、やがて素敵な異性と巡り会い、
結婚して家族が増え楽しい家庭生活を築いてゆく。
女性社員の場合は、家庭と子育てで大変な重荷を負うこととなる。
出来れば子供は少なく・・・と考えてしまうだろう。 【少子化の原因の1つ】
「 会社が彼女達の手助けが出来れば良いのだが・・・。」
[社長の心の声] 【少子化対策は? 少子化対策にもなるような解決策があればよいのだか・・・?】
「 … 何か良い方法はないものか …? 」
子供育ての過程では、 学校教育に 経済的負担が増える事となる。
自分も振り返れば会社が順調なお陰で子育ても終えることができた。
今日のこのような状勢下で、子育て期間中の彼等が、
「 ワークシェアリング 」 で 減給されれば相当苦労するだろうと、容易に想像できるのでした。
「 どうしたらよいものか ・・・ ? … 」
【 まずは、雇用が確保されることが大切だ・・・ 】
【 所得対策は? 年代にあわせた右肩あがりが望ましいのでは 】
子育て期間中の頃は 、 職場でも重要視され 仕事でもやりがいのある時期でもあります。
給与もその重要度に見合った支払いが 、 実行出来る会社であるべきだと社長は思っています。
しかし今回の経済変動は、それが出来ない状況にまで追い込まれてしまいました。
いや逆に、雇用を調整し、給与を減額しなければならない状況にありました … 。
それらの社員は、やがて子育てを終え その子供達は自立して、
自分の人生を歩むようになります。
その子育てを終えた頃の社員は 体力の衰えは認めるものの、
まだまだ若い者には負けないと、集中力も気力も十分と力説し会社に貢献しています。
しかし、今回の様な経済変動を受けての、会社経営の危機的状況下では、
早期退職を求めたい年代でもあります。
しかし、会社の経営危機には、「 雇用を調整する 」
そんな解決策で経営者として良いのだろうか?
【 雇用のあるべき姿は? 年代にあわせた働き方が提供できる事が望ましいと考える 】
【 雇用を流動化し、能力の高い社員を 『 高額な給与 』 を支払い集める と言う
米国方式の考え方に社長さんは疑問を持っていました。 】
社員の人生を抱えると言うことは、
生涯にわたり彼等の 「 人生の各年代 」 で必要とされる 「 所得 」 を、
担保してやれる 「 安 定 」 した経営が出来る会社でなければならない。
今回のように製造業では、親会社からの受注減少に伴い、
自分の会社の生産量も調整しなくてはならず、
それが直ちに会社の収益に直結してしまう。
その事が、今回は、
自分の会社の経営が不安定となり、社員の雇用も不安定なものにしてしまいました。
このような、
「 不安定な雇用環境 」 では、
社員からは 「 良質なアイディア 」 は、生まれるはずはなく、
「 業務の効率化を図るカイゼン 」 も 進むとは思えず
結果として、会社の永続的な発展できない状況に追い込まれる事は明らかでした。
「 どうしたらよいものか ・・・ ? … 」
グローバル化が進展し競争が激しくなる 「 新たな時代 」 に適応するために、
社員が一丸となれ、
社員が楽しく前向きに勤務ができ 「 創意工夫 や 知恵 」 が溢れるように出せる、
「 イ・ン・セ・ン・テ・ィ・ブ 」 を 整える必要があるのではないか … …。
「 … 何か方法は無いものだろうか? 」 社長さんは改めて、思い悩むのでありました。
【 会社経営の安定は? 親会社から受注が減少しても大きく振れない経営が望ましい 】
こんなに雇用が不安定な状況下では、少子化問題は解決できない。
その結果自らの会社の存続も難しくなる。
地域社会は、少子高齢化へ向かっている状況にある。
少子化問題の手助けも今回の問題を解決するにあたり、
会社として踏まえるべき課題だと社長さんは考えるようになりました。
グローバル化に適応するための対策を 「 社員の立場 」 で、検討すると言う事は、
右肩上がりの時代では、考えてみる事もなかった。
会社に求められるのは、
「 経済変動に大きく左右されにくい会社経営の仕組み 」 さらに、
「 社員が希望すれば
高齢者でも、継続雇用が出来る、 ・雇・用・や・労・働・の・環・境・づ・く・り・・ 」 だ。
出来れば 「 健康維持に役立つ作業が、組み込まれればなお良いのだが… 」
社長さんが解決すべき課題が、幾つも浮かび上がってきました。
さらに社長さんは、現行制度での退職後の 「 自分と社員 」 の人生を思い描いていました。
自分は社長であるが故に生涯現役が可能である。
しかし、社員の場合はどうだろうか?
会社が高齢雇用対策で、継続雇用に踏み切ったとして、
今までのように、製造ラインに携わって、フルタイムで 業務成績を、上げる事が出来るのだろうか ?
現在は60歳での定年後、再雇用で給与を減額して働いて頂いているが、
やがて定年は延長され65歳となる。
いやいや今後は 「 70歳現役時代 」 の到来もささやかれていると社長さんは思いました。
定年前後の年代では、担当業務によっては 「 熟 練 工 」 として、腕を振るえる社員も多いが、
全ての社員が熟年時代と同じように腕を振るえるわけではないと社長さんは感じていました。
振り返れば、それ以外の、多くの社員だって
今日まで、会社のために成果を上げてくれた社員なのでした。
「 生涯現役で雇用してやれれば一番良いのだが、
・・高齢でもやりがいのある業務・健康を維持できる業務・・・。 」 があれば… 。
【 年齢にあわせた働き方は? ⇒ 会社の中に、そんなに多くあるのだろうか?
会社の中で、彼等の能力をフルに発揮出来、製造業の競争力もアップする事がのぞしい。
できる事なら地域が抱える様々な課題の解決にも貢献できる仕事が望ましい、
どんな仕事があるのだろうか? 】
「 … 何か良い方法はないものか? … 」
できれば働く事によって
その社員が健康で長生きできる働き方を導入する事が出来れば・・社員も望むところであり、
地域の医療費負担も安くなり行政からも歓迎されるのでは・な・い・か・?
社長は思いめぐらしました。
【 人生の最後は自宅で昼寝をするように穏やかに逝きたいものだ 】
【 社員もそうだろう。 なぁ~ 】
まさか病院でチューブに囲まれてもがきながら逝くのは御免だろう。
いま流行の 「 PPK = ピンピンコロリ 」 の 環境をどう整えてやるか。
【 健康で長生きするには? 日々の暮らし方や働き方と直結しているのではないのだろうか? 】
社長自身は、安定した所得を得ながら今日まで人生を歩んで来る事ができた事に改めて感謝の念がこみ上げていました。
したがって自分は 「 地元に定住出来た 」 けれど、現状のような不安定な雇用と所得では、社員の定住は難しい。
それでは、やがて自分の会社も成り立たなくなってしまう。
「 … なんとか良い方法はないものか …? 」
【 定・住・促・進・は・ ? 若いうちから老いるまで住むことが出来なくては・・・? 】
なんとか もっと地域社会に 「 貢献 」 でき、 地域社会から 「 必要だ 」 と認識される会社にはなれないものか ?
そこで、社長はふとヒラメキを覚えました。
そうだ 社員の大半は 「 兼業農家 」 なのだ。
今はアパート暮らしで会社の通勤している若い社員も、
実家は農家である者がほとんどが農家出身者でした。
・・・ 「 なんとかなるかもしれない 」 ・・・
補強版 2、 「急激な経済変動と雇用問題に悩む社長さんが、経営改革の秘策を生み出す物語・・・」 ・・・2 へ つづく
・・ 会社の経営を安定させるためには? へジャンプ
社員の人生のステップにあわせた所得を安心して確保する名案・・と・は・・・?
***** 【 補強版 】 社長さんの物語へ… *****
